「ひっ」
目の前に居並ぶゴロツキどもの顔色が変わる。
それも、辛うじて、少女の炎から逃れる事の出来た幸運な男達だけだ。
既に仲間の大半は、何だか良く分からない黒焦げの山となって、
アイリス・フォンブレイズの足下で、異臭を放ちながらピクピクと痙攣している。
「ば、爆炎のアイリス……」
顔面蒼白となったゴロツキのリーダーらしき男の口元から、
その二つ名が漏れる。
「あらあら、爆炎だなんて嫌ですわ」
その言葉とは裏腹に、アイリスの顔は嬉しそうにほころんでいた。
「くっ、に、逃げろぉぉぉ」
数分前の威勢はどこへやら、リーダーの男と生き残りの数人は、
転げまろびつ、街路の奥の細道へと逃げ込んでいく。
「全く迷惑な連中だ。通りの真ん中に、こんな粗大ゴミを残していきおって」
仲間から見捨てられた、哀れな黒焦げ男達の小山を見下ろし、
クリスタ・マホロ・サナダは、冷静な感想を口にする。
短い髪に怜悧な視線、そして漆黒の軍服が良く似合っている。
彼女こそが、その若さで帝国軍の魔法技術研究所の技術小将を務める
俊英だという事は、知る人ぞ知る衝撃の事実だった。
賭博の都に無数にある歓楽街の1つ。
たまたま見かければ、1人の年若い魔導師の少女が、
街のゴロツキどもに取り囲まれていた。
助けが必要かと思い割って入ったが、その必要は無かったようだった。
アイリスの魔法の腕は完璧に近く、複雑な詠唱が必要な炎の範囲魔法を
鮮やかな高速詠唱で繰り出したのだ。
その結果が、目の前の見るに堪えない、むさ苦しい男達の黒焦げ姿、
というわけだった。
「あの、先ほどはありがとうございます」
「いや、いらぬ助太刀だったようだな。出しゃばったようで、すまなかった」
丁寧に頭を下げるアイリスに、クリスタは軍人らしくキビキビと答える。
そもそも考えてみれば、こんな危険な街で立派に1人でやっていけるのだ。
アイリスが、相当の腕の持ち主である事は、当然の事ともいえた。
しかし、アイリスも、そんなクリスタの雰囲気から、ただならぬ物を感じている。
張りつめた緊張感と、鍛え上げられた技の気配。
そして、冷たい軍人口調の向こう側には、思いやりと誠意が見え隠れする。
「あの……よろしければ、お礼にお茶でも」
いつものように穏やかな口調で、クリスタを誘おうとするが、
「いや、せっかくのご好意だが、軍務中ゆえ、これで失礼する」
ピシリッと背筋をのばして、敬礼をすると去りゆくクリスタの背中を
アイリスは、少し残念そうに見送った。
(お友達になれれば、良かったのですが)
ここ賭博の都では、珍しくもない、そんな光景。
しかし、アイリスもクリスタも、互いが明日挑む
同じ賞金ダンジョンへの挑戦者である事を知る事はなかった。
2人は、まだ他人同士。
|