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プリンセスブレイカーズ
ターン0 初期情報/ルシフェル・B・オニキス編  2010/02/05更新
「ふんっ ふんっ」
清涼な朝の空気の中、リィタ・イータの握る剣の柄にも力が籠もる。
素振りと言っても、真剣だ。
鍛錬とは言え、決して手を抜く事は無かった。
リィタがこうして修行に打ち込む姿は、享楽主義者という
彼女の素顔を知る者には、意外な光景に映るかもしれない。
しかし、自由気ままな人生を送れるのも、この剣の腕あってこそである。
特に、今日が、あの賞金ダンジョンへと挑む当日となれば。

「あら、こんな早くから、ご精が出ますのね」
「おはよう、お嬢も早いのね」
「まあ、お嬢はよしてくださる」
彼女にお嬢と呼ばれ、少しむくれたアムリア=レスティリアの姿に、
しかし、リィタは少し苦笑する。
アムリアこそ、この宿屋の中庭に、まるで夜会に赴くような
豪奢なパーティードレスという出で立ちで現れたのだ。
それで、お嬢と呼ぶなという方が無理がある。
聞く所によると、今日この場所だけではなく、
アムリアは、いかなる時も常にこのドレス姿なのだという。
もっとも、どんな場違いな時にでも、そのドレスが驚くほど違和感無く
良く似合っているのが、彼女の本当に凄い所なのだが。

「リィタさん、アムリアさん、おはようございます」
そんな2人にむかって、丁寧に頭を下げたのがルシフェル・B・オニキスだった。
「ああ、ルシフェルも早いのね」
「ルシフェルさんも、おはようございまして」
リィタは軽く汗をぬぐいながら、アムリアはドレスの裾をつまみ
優雅に腰を折って、挨拶を返す。
「ええ、おふたりとも、やはり……」
昨日、偶然、同じ宿に泊まり知り会っただけという3人。
立ち入った事情まで話し合うほどの仲でもなかったが、
それでも、お互いの目的については、察しあう部分があった。
「ま、そういう事ね」
素振りを続けながら、リィタは軽く答える。
「こんな街にまで来たのですもの、覚悟は決まってましてよ」
アムリアは、自信ありげににっこり微笑む。
そんな2人の自信に溢れた態度が、ルシフェルには少し羨ましかった。
(そういえば、あの巫女の人も、挑戦者なのかな……)
昨日、宿の廊下ですれ違った、東方の聖職者の姿を思い出す。
裾の短い袴からのぞく、ほっそりとした両脚が、
女性であるルシフェルさえ、どきりとさせるほど美しい女性だった。

やがて、軽く挨拶をかわし、それぞれに中庭を後にする3人。
向かうは、それぞれ危険なダンジョン。
もう戦いは、この場所から始まっているのかもしれなかった。

プリンセスブレイカーズ
ターン0/ルシフェル・B・オニキス編/ダンジョン内
その朝。

(ここが……賞金ダンジョン……)
ルシフェルは、おそるおそる周囲を見回す。

薄暗い魔法照明に照らしだされた正方形の空間。
あたりを区切っているのは、一辺8メートルもある
分厚い石の壁だった。

地上に設置されていた転送門に乗って
やってきた地下ダンジョン。
最初に出迎えられたのが、この自分以外は誰もいない
無機質な石の部屋だった。

3方向の壁には、扉らしき物が確認できる。
方向は、それぞれ北と東と西に。
他に進むべき道は、無さそうだった。

「どうすれば……?」

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行動指定
ルシフェルは深呼吸をした後、北の扉に手をかけた。
「私の目的は賞金ではないから……。」
所詮は噂……。だけど、今の私にはそれに縋るしかなかった……。

「おはようルッシー。」
「アルト、おはよう。今日もよろしくね。」
そういって、2人は席に着いた。この学校の入学式の時、
席が隣同士だった中で、今ではお互いに掛替えのない存在になっていた。
「そういえば、ルッシーはあの噂聞いた?」
「うわさ?」
そう聞き返すと、アルトはさらにテンションを上げて言ってきた。
「そうそう。あの伝説の賞金ダンジョンの噂よ。」
「伝説というほどでもないと思うんだけど……。ここから馬車で1時間程度だし……。」
正確には、中層への結界が何らかの形で弱まった時に対処できるように、
この学校はあるのだがルシフェル達は知らなかった。
「まぁ、そうなんだけどさ……。
噂によると、あらゆる万病を癒す奇跡の薬草があるらしいのよ。」
「でも、かなり人の手が入っているわ。とりつくされたって可能性もあるじゃない。」
「ルッシーは現実的ね……。でも、中層以降はまだ人の手が入ってないのよ。
そこにいけばきっとあるはずよ。」
「そうかしら……。あ、先生が来たみたい。」
そう言って、私とアルトは姿勢を正した。私の学園生活はいつもアルトと一緒だった。
成績がいいけど消極的な自分と、成績はすぐわないけど活発的なアルト。
正反対な私たちだったけど、私はアルトにいつも助けられていた。
アルトがいなかったら私は、こんなにも笑顔を作ることができなかったと思う。

だけど……悲劇は突然訪れた……。
「アルト!!!」
そういって、私は彼女の寝ているベッドに駆け込んだ。
「病室ではご静かに。」
そんな言葉など無視して、私はアルトに必死に話しかける。
「どうしたの。急に学校休んで、心配してあなたの家に行ったら、今は病院ですって。
どうしたの。大丈夫よね。また一緒に楽しく学校にいけるよね。」
アルトは笑顔で答えてくれた。しかし、なぜか一言もしゃべらない。
「ねぇ。いつもみたいに喋って。平気だよって言ってよ。ねぇ。」
「それは難しいでしょう。」
そう言われたのを聞いて、私は後ろを振り向くと、この病院の院長らしき人がいた。
「どうして、難しいんですか……。」
「彼女の喉はひどい炎症を起こしている。とても声が出せる状態ではない。」
「治らないんですか。それは?」
「今の私たちの力では……無理だ。すまない。」
その言葉によって、辺り一帯に沈黙が広がった……。
「しかし、命を脅かすほどではない。激しい運動を控えれば、今までの生活も充分できる。」
院長先生は、慰めるつもりで言ったのだろうが、それはかえってマイナスな情報であった。
いつも元気いっぱいで活発的だった彼女。その彼女の元気な姿をもう見れないかもしれない。
その日、自宅に帰ってからルシフェルは盛大に泣き明かした。

「まぁ、そうなんだけどさ……。噂によると、あらゆる万病を癒す奇跡の薬草が
あるらしいのよ。」
その言葉を思い出すとともに、ルシフェルは目を覚ました。
どうやら泣き疲れて眠ってしまってたらしい。
親友が言ってた薬草。それがあれば、また一緒にいられると思い、彼女は決意した。
それから、ルシフェルはその噂の薬草を調べた。どうやら、昔は本当に取れていたらしいが、
人の手が入った今では、完全に絶滅してしまったらしいとの記述を見つけた。

「でも、人の手が入ってない中層以降なら、あるかもしれない……。」
しかしそれは、危険な行為であることも意味する。上層の罠は、人の手によるもので、
命が危機に瀕するものは比較的に少ない。しかし、中層以降は、命の危険に関わる。
それでも、親友のあの表情を取り戻せるなら、私はどうなってもかまわない。
ルシフェルはそんな思いを胸に抱きつつ、薄暗い通路をまっすぐ歩き続けた。
今の医療では、どんなに多額のお金をかけても治せない親友の病気。それを治すために……。