「わー わー わー すっごーい」
シルエは、石室内部を夢中になって飛び回る。
これまでずっと妖精の森で暮らしてきた彼女にとって、
こんな巨大な石造りの物体を目にするのは、初めての経験だった。
幸い、妖精であるシルエにとって魔法照明の薄暗さも、さして苦にならない。
「わー ぺたぺた〜 つるつる〜」
聞き様によっては、問題発言ともとれる感想を口にしながら、
周囲の事など眼中になく、石壁のあちこちを触れ回っている。
その一方ルフィアの方は、
「くんくん くんくん」
慎重に周囲の匂いをかいで、危険が潜んでいないか注意を巡らす。
鉄の匂いは、危ない罠。
血の臭いは、獰猛な肉食獣。
甘すぎる匂いは、未知の危険。
森では、嗅ぎ落とすと非常に高い代償を支払う羽目になるそれらをまずは探す。
野生児であるルフィアにとっては、第2の本能とも呼べる行動だった。
そして、匂いを十分に吟味した後は、壁を調べて様子をみる。
「ここは、安全地帯でいいのかな?」
ルフィアが、一通りのチェックを終えた頃には、
すっかりはしゃぎつかれたシルエが、くるくると目を回して、
天井近くから落ちてきた。
「うきゅ〜 おなか減った〜」
数分後、自分で作った干し肉を取り出して、腹ごしらえをするルフィアは、
興味津々でシルエに聞いてみる。
「妖精も、おなか減るの?」
「もちろん減るよ〜 ルフィアは我々妖精族をなんだと思ってるんだい!」
シルエはなぜか講師口調で抗議する。
「じゃ、おなか減った時は、どうするの? 食べる? これ?」
自分の荷物から、追加の干し肉を取り出しながらルフィアは聞く。
「あ、大丈夫、大丈夫。しばらく休んでたら、治るから」
「食べなくても、大丈夫?」
「もちろん! だって妖精族だから!」
得意げに胸をはるシルエの姿に、ルフィアは思う。
(う〜ん、減るのかな? 減らないのかな? お腹?)
やがて、準備を整えたルフィアは立ち上がり、シルエも元気を取り戻し羽ばたくと
宙に浮かびあがる。
「どっち行く?」
「どっちにしよ?」
「こっちかな?」
「うん、こっちだね!」
なんとなく気があってしまう2人。
自然と一致した目的の方向−西の扉−をくぐると、次の部屋へと向かう。
開かれた扉の向こうにあったのは、
眼前に広がった光景に、ルフィアは目を瞬かす。
そこは、前の部屋と打って変わって植物の生い茂る、ジャングルのような部屋。
天井からの強烈な光と、あふれる緑。
青臭い植物の臭いに満ち、足下には地道がつづく。
シルエは、さっそく夢中になって飛び回っている。
しかし、ルフィアはすぐにこれらが、普通の物では無い事に気づく。
生えているのは、どれも、今まで生まれ育った森では、見た事もない
奇妙な植物ばかりなのだ。
未知の物には、危険が潜んでいる。
野生児の本能に従い、ルフィアはさらに慎重になると
四つん這いになって、危険の臭いを探し始める。
その時だった。
「あっ」
頭上で、シルエの声がする。
同時に、背後の上空から聞こえる羽音。
視線を低くしすぎた事が、徒となった。
素早く、何かが近付いてくる。
でも身を躱そうには、それが、どっちの方向から来る物なのかまでは分からない。
(シルエ!)
とっさに、ルフィアは助けを求めるが……
|