物語に戻る
プリンセスブレイカーズ
ターン0 初期情報/ファニー・ユニウス・モンデール編  2010/02/05更新
「はい、……達をよろしくお願いいたします」
優しげな微笑みとともに、扉の影から姿を現した僧侶姿の少女。
しかし、彼女が出てきた建物が娼館の裏口となると、
ちょっと驚かざるを得なくなる。
セリア・ルーンワークの場合は、目を丸くして立ち止まった。

(僧侶が、娼館から!?)
北の教国、ひいては教皇庁に連なる教会の戒律は厳しい物のはずだった。
賭博の都の娼館の娼婦というのは、その僧職にある身の副業としては、
いささか過激すぎるように思える。
(もしかして、僧侶の方が副業なの!?)
いやいやいや、どっちが副業でも一緒だし。
セリアは、きちんとセルフ突っ込みで自分にフォローを入れる。
(ああ、もしかして、ああいう……コスプレプレイなの?)
それにしても、僧侶の少女からは、世間擦れした商売女といった
気配は漂ってこない。
むしろ、とても神聖な……本物の僧侶のような……
(……本物……本物、って、もしかして、あの人、本物の僧侶さん!?)
セリアは、慌てて我に返る。
「あ、あの、待って、そこの僧侶さん待って!」

「はい?」
突然、背後からかけられた声に、
僧侶の少女−ファニー・ユニウス・モンデール−は、気軽に振り返る。
ファニーの前には肩で息を切らした、魔術師姿の少女が立っている。
鮮やかな金髪と、呼吸に合わせて揺れる豊かな胸が印象的だった。
「あの僧侶さん、火傷の治療……お願いできませんか?」

聞けばセリアは、そこの裏通りで“大爆発”に巻き込まれたのだという、
仔細は分からないが、何でも数人の男達の中心で、突然すごい火柱が吹き上がり、
たまたま近くにいたセリアにも、その被害が及んだらしい。
「もう凄いのよ、なんかドカーンって!」
まだ赤く腫れたままの腕を見せ、セリアは痛そうに訴える。
「お願い、僧侶様! お礼はするから、この傷看て!」

「申し訳ありません」
しかし、ファニーは心の底から、すまなさそうに頭を下げる。
「わたくし、破魔の修行ばかりがほとんどで、治療の方はあまり……」
僧侶にも、習得した技能によって、得手不得手がある事は、
セリアも良く知っていた。
「そっかー。無理言って、ごめんね」
そう謝り、僧侶の前を立ち去ろうとした時、
「でも、そういえば!」
ポンと、手を打ったファニーはにっこり微笑むと
セリアの手を引いて先を促す。
「ちょうど、良い方がいらっしゃいます。さ、こちらに」

「え? え? え? ここに?」
セリアが連れられてきたのは、先ほどの娼館の裏口。
とても、年頃の少女が立ち入るような場所ではない。
しかも、彼女は……そういう経験だってまるで無いのだ。
赤くなったり、青くなったりしてる魔術師の少女を、
穏やかな笑顔を浮かべた僧侶姿の少女が娼館に連れ込む、
という異様な光景が繰り広げられた数分後。

娼館内に設けられた、娼婦達の私室の1つ。
そこで、セリアは巫女姿の女性から、火傷の治療を受けていた。
「えへへ、どうもありとう」
「いいえ、癒しも巫女の務めですから」
そう答え、落ち着いた様子で術を行使するのは、如月ゆりあだった。
肩下までのばされた、漆黒の髪が魔法ランプの光を照り返し、
つややかに輝いている。
(この女の人、東方から来たんだよね。きれいな人だなあ)
そんなゆりあの姿を、セリアはうっとりと見つめている。

この私室は、僧侶の少女ファニーの姉の物だという。
かつては冒険者として戦っていたファニーの姉。
しかし、ダンジョンで陵辱され子供を妊娠したため冒険者を
引退せざるを得ず、今はこうして娼館で働いているのだという。
「はい、なので、わたくしが頑張って、お金を稼がなきゃいけないんです。
 それに甥っ子達も、とっても可愛いんですよ」
そんな境遇でも、屈託無く微笑むファニーの姿を、
セリアは、ただ純粋に凄いと思う。
そして、巫女である如月ゆりあは、この娼館を定期的に訪れ、
清めの儀式を行っているのだという。
娼館という場所柄だけあって、ファニーの姉のように
孕んだ子を、きちんと産もうという意志を持った女性は決して多くはない。
その結果おこなわれる、言葉にも出来ない惨い行為。

そういった場所には陰の気が溜まりやすい。
それだけに定期的な清めの儀式は欠かせなかった。
しかし、残念ながらファニーは清めが不得手であったし、
他の教会に属する僧侶は、決して娼館のような場所に良い顔をしない。
それ故に、ゆりあのように、どのような場所であっても、分け隔て無く
清めを行ってくれる聖職者の存在は、貴重であると同時に、
娼館のような場所に留め置かれた女性達にとっては、救いでもあった。

「どうもありがとう!」
「お気にならさないでください」
セリアからのお礼を決して受け取ろうとせず、
清めと治療を終えたゆりあは先にファニーの姉の部屋を辞去した。
すっかり、ファニーと打ち解け、彼女の姉からも歓待を受けたセリアが、
娼館の裏口から建物を出た頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
扉から振り返り、今日できた新しい友人を振り返った彼女の顔には、
数時間前、セリアがこの扉の前で見たのと同じ笑顔があった。

プリンセスブレイカーズ
ターン0/ファニー・ユニウス・モンデール編/ダンジョン内
「んっ」
肌を一瞬刺す、チリリとした電気の感触。
そして、ファニーが周囲を見回すと、石壁で囲まれた空間が広がっている。

地上に設置されていたダンジョン内部への転送門。
そこに乗って、飛ばされてきた場所が、この薄ら寒い地下空間だった。
周囲8メートル四方の正方形をした部屋。
北と東と西の3方向に扉がある。

「さて、どうしましょうか?」

ファニーは、ゆっくりと考える。

 ターン1へ

行動指定
扉を開ける前に、装備を点検する。
愛用のメイスは問題なし、長姉から貰った短剣と、次姉からもらったポーションも問題なし。
後はランタンやロープなど細々として物を確認する。
一番重要なオーブは、右手首のバンドに隠してある。
このバンドは二番目の姉で魔術師であるエルザが、魔力を込めて作ったものだ。
見た目は地味だが、魔物の酸や炎からオーブを守り抜くと姉のお墨付きである。
左手首のもバンドがあるが、これは賭博の街で出会った親友、メリッサから貰ったものだ。

こうして皆から貰ったものを見ると、心配をかけさせたことを申し訳なく思う。
ダンジョンの潜ることは、全員が反対した。
2人の姉、一番上の姉で戦士であるローラやエルザやメリッサ、
メリッサの母親で娼婦館のオーナーマダム・タリアンも反対した。
皆の言うとおり無謀だと思う、お金が必要ならマダム・タリアンの店で娼婦として
働いた方が確実だろう。
他の街ならともかく、ここでは娼婦はまっとうな職業の一つだ。
田舎の村にいたときならともかく、今は娼婦に対して偏見など無い。
それでも身を売ることに躊躇いもあるし、故郷に残した恋人のこともある。
そうすると他に大金を稼ぐ方法は、このダンジョンに潜ることしかなかった。
姉2人は売れっ妓であり、田舎に送金してもおつりが出るぐらい稼いでいたが、
将来もそれが続くか分からない。
故郷の田舎は不作続きで、姉達の仕送りで何とかやっていける状態だ。
何かあれば、一家全員で心中するかもしれない。
そうならないために、ファニーは大金を稼ぐ必要があったのだ。

決意を新たに、三つの扉を眺める。
どれも同じもので個性は無い。
主催者から貰ったマジックアイテムの指輪をかざすが、何も反応は無い。
どうやら本当に感で選ぶしかないようだ。
ファニーは、とりあえず正面の北の扉を開けた。